クッチャロ湖周辺の観察シーズン紹介

 

クッチャロ湖水鳥観察館  小 西  敢  

 

 日本で一番北にある湖をご存知でしょうか?クッチャロ湖は、稚内市から直線で、約60kmにある周囲27kmの日本最北の湖です。湖は、大沼(長径5.5km)と小沼(長径3.0km)の2つの沼から形成されており、2つの沼をつなぐ水路の最狭部は約25mで、少し変形した瓢箪状の湖です。湖の平均水深1.5mと比較的浅く、最深部でも2.5mしかありません。標高が低いため、満潮時には、約3km離れたオホーツク海から、海水が入り込みます。

 クッチャロ湖と聞くと「白鳥の湖」と思い浮かべる方は、かなりの鳥屋さんか観光等で浜頓別町に訪れたことのある人ではないでしょうか。本州方面から来られる来訪者の方の多くは、クッチャロ湖と聞いて「屈斜路湖(くっしゃろこ)」と間違ってしまう場合があります。時々、「クッシーはいますか?」とのご質問を受けるのですが、「クッシーの代わりにコハクチョウがいますよ」とお答えしています。中には、電話で「今、弟子屈にいますが、屈斜路湖まで、車で行くと何分ぐらいで到着しますか?」と言う問い合わせもあります。

 クッチャロ湖と屈斜路湖が間違われてしまうのは、どちらも同じ意味のアイヌ語から名前がつけられているからだと思われます。クッチャロ湖の語源は、「トー・クッ・チャロ」と言われ、日本語では「沼から水の流れ出る口」「沼ののどもと」「沼の出口」という意味になります。クッチャロ湖の場合、湖から出る水はクッチャロ川を経由して、オホーツク海に流れていきます。この湖と川の合流点を意味する言葉が、いつのまにか湖全体を指すようになりました。



 同じ語源を持つ、2つの湖には、もう1つ共通点があります。それは、どちらも白鳥が飛来する湖と言うことです。しかし、ここで大きな違いが出てきます。屈斜路湖に飛来する白鳥は、オオハクチョウで、クッチャロ湖に飛来する白鳥は、コハクチョウと言う点です。クッチャロ湖には、コハクチョウが春と秋の渡りのシーズンに約15,000〜20,000羽が飛来し、湖で羽を休めてから、次の休息場所へ渡って行きます。

 日本に飛来するオオハクチョウとコハクチョウは、それぞれ別の渡りのルートを持っていて、特に道内を移動するときは、主に2つの渡りのルートを移動しながら、本州へと渡っていきます。コハクチョウは、北シベリアの繁殖地からサハリンを経由して、北海道の最北に位置するクッチャロ湖に飛来します。その後、石狩山地の西側にある天塩川・石狩平野を移動しながら、本州の越冬地へ渡っていきます。一方、オオハクチョウは、サハリンを経由して、そのままオホーツク海を南下したあと、一番初めに濤沸湖(とうふつこ)へ飛来します。その後、道東の海岸沿にある風蓮湖、厚岸湖を経由し、太平洋側を通って、本州の越冬地へ渡っていきます。大きく分けるとコハクチョウは、道内を縦に移動し、オオハクチョウは、道東を経由するため、曲線を描いて移動します。渡りのルートが分かれている理由は、解明されていませんが、北海道の中央に位置する大雪山から日高山脈までの標高の高い地域を避けて東西に分かれて渡っているようです。春は、このルートを北上して、渡っていきます。北海道内の白鳥の渡りを詳しく調べると更にいくつかのルートが存在しますが、ほとんどの白鳥たちはこのルートを通るため、クッチャロ湖では、飛来する白鳥の90%以上が、コハクチョウとなります。日本には、毎年、約3万羽のコハクチョウが飛来していますが、クッチャロ湖では、その内の50〜70%が飛来しています。

 クッチャロ湖は、国内最多のコハクチョウ飛来地として、昭和43年に北オホーツク道立自然公園に指定されました。また、平成元年には、国内第3番目のラムサール条約(「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」)に指定されています。更に平成11年には、東アジア地域ガンカモ類重要生息地として登録されました。

 コハクチョウ以外の野鳥も四季を通じて、湖に飛来してきます。春は、北の繁殖地へ向かうカモ類が多く集まり、オナガガモ、ヒドリガモを中心に約20種類のカモ類が見られます。数は少ないもののトモエガモやアメリカヒドリも毎年、姿を見せます。

 カモ類以外の水鳥としては、アオサギやウミウが多く見られ、湖で魚を捕っている姿を見かけます。春先のアオサギは、婚姻色がでているため、クチバシと足が紅色に染まっていて、冠羽もはっきりとしています。過去に1度しか記録はありませんが、クロツラヘラサギやソデグロヅルもこの時期に飛来しました。道内で越冬していたオオワシやオジロワシが北上の途中に訪れるのもこの時期で、多い日には、100羽単位で渡ってきます。春の渡りのピークは、4月下旬から5月上旬頃で、ちょうどゴールデンウィークにあたります。

 湖の北にあるポン沼では、ミズバショウとエゾノリュウキンカの花が見られるようになり、この頃になると特に野鳥の種類と数が多くなる時期です。湖が水鳥だけでなく多数の野鳥達が、渡りの中継地と利用されていることを再認識させられるのもこの季節です。1997年の春には、マミジロキビタキやムギマキ、キマユホオジロ、コホオアカなどの道内では、比較的観察例の少ない野鳥たちが、湖畔のキャンプ場や湖畔林で、同じ日に観察されました。恐らく天候などの影響によって、迷行してきたものと思われますが、このようなことが数年に1度の割合で訪れるため、春の観察には特に注意が必要です。

 5月中旬になると殆どの野鳥達が渡りを終えて、湖は少しの間、静かになります。この頃になると数は少ないもののシギ・チドリの仲間たちが、水辺に姿を現します。トウネンやハマシギなども、一度に10〜20羽程度しか見られませんが、時々、サルハマシギやエリマキシギ、ヘラシギが姿を見せることもあります。

 シギ・チドリの姿が見られなくなると湖畔の林では、オオバナノエンレイソウやクルマバソウなどの花が咲き始めます。初夏の訪れとともに小鳥達のさえずりが、湖畔の林から聞こえてきます。ウグイスやセンダイムシクイ、ツツドリ、ノゴマなどのさえずりに加えて湿地で繁殖しているコヨシキリの声が重なります。巣材を運んでいるハクセキレイやコムクドリ、ニュウナイスズメの姿も目立つようになります。湖では、野鳥の姿が少なくなり、少し寂しい季節になりますが、時々、ミサゴやオジロワシが魚を捕まえるため、ダイナミックなダイビングを見せてくれます。また、あまり知られていませんが、道北では、オオワシの若鳥が夏越しすることもあります。

 6月〜8月にかけて、湖に隣接したベニヤ原生花園では、花のシーズンが訪れています。ベニヤ原生花園は、オホーツク海に面した海岸沿いに広がる原生花園で、湖と同様に北オホーツク道立自然公園に指定されています。約330haの面積に海浜地帯、湿地帯、森林地帯などの多様な環境があり、約120種類以上の植物が分布しています。また、草原地帯に生息するシマセンニュウ、マキノセンニュウ、ノビタキ、オオジュリンなどの野鳥も多く観察され、国内では道北だけで繁殖するツメナガセキレイの姿も見られます。

 原生花園の北西部にある森林地帯では、オオカメノキ、ツリバナ、マユミなどの低木や高山帯に分布するエゾイソツツジが見られます。北部の丘陵地では、道北では数少ないスズランの群生地も見られ、ナガバキタアザミやヒメイズイなどの植物が分布しています。西部の湿地帯では、ヨシを中心とした低層湿地とワタスゲやツルコケモモの分布する中〜高層湿地が見られます。ヨシの群落では、サワギキョウ、エゾミソハギ、ヤナギトラノオ、クロバナロウゲなどの植物がヨシの間から姿を見せてくれます。原生花園には、中央にゆるやかな川が流れていて、ここでは、ミツガシワやスギナモなどの水生植物が見られます。そして、中央の川から海岸までの間にある広大な草原地帯では、ベニヤ原生花園を代表する、ハクサンチドリ、ヒオウギアヤメ、ノハナショウブ、タチギボウシなどの植物が見られます。更に海岸地帯には、ハマナス、ハマヒルガオ、ハマハタザオ、ハマベンケイソウ、ハマボウフウなどの海浜性植物が分布しています。道内でもオホーツク海に面した特殊な気候や風土のため、他では見られない植物や動物を楽しむことができます。原生花園には、国内で道北にしか生息していないコモチカナヘビが繁殖しており、平成12年には、このコモチカナヘビが町の文化財に指定されています。コモチカナヘビは、爬虫類の中では数少ない胎卵生のトカゲで、クッチャロ湖でも確認されています。7月下旬になるとヘイケボタルが見られるようになり、幻想的な光を放ち、夏の夜を演出してくれます。

 ベニヤ原生花園のハマナスの実が赤く色づき、エゾリンドウの花が咲くようになるとクッチャロ湖では、カワセミの若鳥が餌を捕る練習をしている姿が、見られるようになります。そして、9月下旬〜10月上旬、北シベリアの繁殖地で子育てを終えたコハクチョウたちが、次々とクッチャロ湖へ渡ってきます。白鳥の秋のピークは10月下旬頃で、この季節になるとカモ類も白鳥と同様に渡ってきます。広大な湖では、カモ類が数万羽となり、このカモを狙って、オオタカやオジロワシなどの猛禽類が姿を現します。湖畔の林では、マミチャジナイやツグミの姿も見られるようになります。

 春と秋では、渡ってくる野鳥の種類に少し違いがあり、クッチャロ湖では、コハクチョウの渡りのスタイルも少し違っていることが確認されています。春の場合は、少しずつ飛来数が増えてきますが、秋の場合は、春よりも短い日数で、飛来数が増えていきます。

 12月に入ると本州で越冬するコハクチョウたちは、ほぼ渡りを終えて、越冬地に到着しています。クッチャロ湖では、約15年ほど前から、コハクチョウが越冬するようになり、現在では、越冬組のコハクチョウたちが、約1,000〜1,500羽ほど残っています。オホーツク海に流氷が訪れる2月になると湖はほぼ完全に結氷してしまい、氷の厚さも50cm以上になります。気温は、−20℃前後になり、この厳しい環境の中、越冬組のコハクチョウたちは、僅かに残った水面を求めて頓別川の河口付近に集まります。

 この季節が一年で一番、野鳥の種類が少なくなる時期ですが、この季節だけしか見られない野鳥もいます。流氷が着岸した日は、水面が氷に閉ざされてしまうため、漁港にウミガラスやコウミスズメが避難してきます。最近では、シロハヤブサが毎年見られるようになり、シロオオタカやシロフクロウ等も稀に姿を見せてくれます。また、ギンザンマシコやベニヒワなどの赤い野鳥が、白銀の世界に彩りを添えてくれます。
 3月になるとクッチャロ湖の氷が次第に溶け始め、本州で越冬したコハクチョウたちが少しずつ戻ってきます。

(平成13年9月発行「北海道野鳥だより」第125号から転載。写真は筆者撮影。)